蜃気楼珈琲とは、毎日日替わりで店主が変わるシェアリングコーヒーショップ。私が蜃気楼珈琲に出会ったのは、井の頭線の高井戸駅の近くに住んでいた頃のこと。ある日バリスタをやっている友人に誘われて、隣の富士見ヶ丘駅近くにある地下スナック街に。「ここに何があるんだ…?」と思いながらついていくと、そこはスナックの店舗を日中の時間だけ間借りして、これから独立する予定の“インディーズバリスタ”に貸す、という形をとっているコーヒーショップでした。
独立開業を目指して活動するフリーランスのバリスタたちが、挑戦し、失敗し、成長する場所として1日から自分の店を出店できる、コーヒーに特化したシェアスペース。現在は、先ほどお話した富士見ヶ丘駅近くの地下スナック街にある「蜃気楼珈琲(チカ)」、ここから徒すぐ近くにあって、焙煎機を導入して家族連れでも来やすい雰囲気の路面店「蜃気楼珈琲」、日本橋横山町・三合ビルの1Fにある「摩天楼珈琲」と、3店舗を構えているそうでです。そんなシェアリングコーヒーショップの運営をしているのが、田上凛太朗さんです。

彼がコーヒーに興味を持ったきっかけは大学時代のシアトル留学だったそう。バリスタの教本に出てくるような伝説的な人がやっている「エスプレッソ・ビバーチェ」という店で飲んだカフェラテの味に衝撃を受けたそうです。そのカフェラテを飲むまではコーヒーには殆ど興味がなく、ブラックコーヒーも飲めなかったとのこと。
シアトルはスターバックスのお膝元。留学中「エスプレッソ・ビバーチェ」に通う中で地域の人とも仲良くなったそうで、そこで出会った人たちから「日本に帰ったらまずはスターバックスで働いてみたら?」と言われたこともあり、帰国後は半年間程スターバックスで働き、その後ブルーボトルコーヒーで働きはじめたとのこと。決まっていた内定を辞退して、大学卒業後もブルーボトルコーヒーに残るという決断をしたそうです。
もともと「食」には興味があったという田上さん。将来的には「食」「ビジネス(起業)」「社会問題解決」この3つを掛け合わせたことをしたいと考え、ブルーボトルコーヒーで働いている中でこの「食」という言葉が「コーヒー」に置き換えられ、この部分をもっと極めたい、コーヒーで社会問題を解決できるビジネスはないか、と考え始めたそうです。
食の仕事はすごくクリエイティブなのに、廃業率の高さや労働環境の過酷さばかりがフィーチャーされて、“働きたい業界”になっていない。それによって良い人材も入ってきにくくなるというそんな飲食業界の根底にある問題を、まずはバリスタやカフェという分野から変えていけないかなと考え、シェアリングコーヒーという形を思い浮かべたとのことです。
サンフランシスコなどではフードインキュベーションという分野が確立されており、飲食店を始めたい人がスモールチャレンジできる場がある。日本にもそういった仕組みがあれば、自分の店舗を構える前にさまざまな実験ができるし、課題を見つけることもでき、解決方法を考えるという習慣ができる。このことから自分がコーヒーに携わるなら、挑戦する人を応援できるようなスモールチャレンジの場、バリスタ版のフードインキュベーションを興したいと考えたそうです。
まだまだ日本ではフードインキュベーションという仕組みがあまり多く活用されている印象はないのですが、豊洲に今年の夏に開業する「豊洲セイルパーク(TOYOSU SAIL PARK)」には、オフィス、店舗に加え、インキュベーション施設「LIFESTYLE LAB “TOYONOMA”」、シェア企業寮「TRIAL HOUSE “TAMESU”」など、豊洲エリアにこれまでなかった機能を導入されるとのこと。インキュベーション施設で生まれた製品やサービスを、シェア企業寮の入居者が暮らしの中で試せる環境を整備する計画をしているそうです。テストマーケティングができるコミュニティが創られ、ライフスタイルに寄与するビジネスが生み出される機会になりそうで、そこでの活動やテストマーケティング後に世の中に羽ばたく企業が出てくるのか、これから注目していきたいと思います。
少し話が外れてしまいましたが、バリスタ版のフードインキュベーションの仕組みを持った蜃気楼珈琲や摩天楼珈琲は、お客さんとして訪れる人だけでなく、珈琲を提供する側の人に寄り添った仕組みだなと感じました。
お客としての目線でみると、実際に私は蜃気楼珈琲のおかげで新しい珈琲店を発見したり、自分好みの珈琲を楽しめる店を知れたり…。そこに行かなければ知らなかった珈琲店にいくつも出会いました。また、人と人との距離が近く、カウンターで珈琲を飲みながら、バリスタの方がどんな想いで珈琲店をされているのかを実際に伺うことも出来て、さらにそのお店のことを好きになるきっかけにもなりました。そして別の日に足を運ぶと、また新しい珈琲店にも出会うことができます。バリスタさんの目線でみると、「お店を持たなくてもいろいろできるんだ」という新しい気づきがあると思います。お店に“来てもらう”という形ではなくPOPUPのように自分から“会いに行く”という形をとることができる業態。また店舗を持たないことで、固定費という負荷を背負うことなく、フットワーク軽く自分の世界を広げていくことができる。こんな素敵なことってないですよね。
皆さんにも、蜃気楼珈琲や摩天楼珈琲で新しいコーヒーと出会う楽しさを感じてもらえたら嬉しいです。そして、今後バリスタ界に限らず、フードインキュベーションという仕組みが日本にもさらに広まって欲しいなと感じました。
Edit by 水野友香